『小悪魔教師♡サイコ【縦カラーマンガ版】』は、縦読みマンガアプリpeepで連載中の学園スリラーです。原作はtaskey STUDIOのチャットノベルで、マンガ版は現在186話、レビューは4.1点/14.1万件という、アプリ内でも群を抜いた数字を集めています。ジャンルタグは「スリラー」「サスペンス」「学園」の三つです。
この作品はたいてい、「いじめてくる生徒たちをサイコパスの美人教師が制裁していくスカッと系」として紹介されます。間違ってはいませんが、それだと主人公の葛西心春(かさい こはる)が第2話で口にした、いちばん短くていちばん不気味な台詞を素通りしてしまいます。
「私は特に困らないですよ?」。本作の怖さは、彼女が生徒に仕返しをすることではありません。彼女が最初から一度も、困っていないことです。制裁は結果にすぎず、物語を動かしているのはこの一言のほうです。
ちなみに、主人公が口にした一言から作品全体の骨格を読み直すやり方は、以前書いた『殺し屋の営業術』考察|鳥井が売っているのは商品ではなく「自分を生かす理由」だと同じ手つきです。あわせて読んでいただけると、この記事が何を見ようとしているかが伝わりやすいと思います。
小悪魔教師サイコをコマで読み返すなら
ここで書いた読み方を頭に入れて読み返すと、同じ場面でも見えてくるものが変わります。DMMブックスなら試し読みから電子で読めます。
物語のスイッチは「私は特に困らない」という一言です
赴任初日、葛西は帰りのホームルームでバケツの水を頭からかけられます。翌日、生徒の金沢綾羽が「床が濡れているのだから拭け」と詰め寄る場面が、この作品のすべてを説明しています。
葛西は不思議そうに首をかしげて、こう返します。放っておけばいい、道路の水たまりだっていつの間にか消えるじゃないですか、と。綾羽が「乾くまでどうすんのよ、困るでしょ」と叫ぶと、彼女は「私は困らないですよ?」と答えます。さらに畳みかけられても、返答は変わりません。金沢さんが困っても、私は困らないですよ、と。
これは宣戦布告ではありません。事実の説明です。そして、いじめという行為の前提を、正面から取り外してしまう説明でもあります。
嫌がらせは、相手が困ることを担保にして成立します。困る顔が返ってくるから続けられるし、次はもっと、と加速もできる。ところが葛西からは、その担保が返ってこない。生徒たちは第2話の時点で、自分たちの武器が最初から効いていないことを告げられているわけです。ただ、その意味に気づいていないだけです。
葛西心春は、生徒に復讐しているわけではありません
第1話の彼女の反応を並べてみると、怒りの兆候がひとつも見当たりません。佐々木陸に下品な質問を投げられたときも、彼女は不快感を示さず、「その言い方では何を指すのか不明確です」と、質問の精度のほうを直してやります。
秋月に「正解したらパンツを脱げ」と言われた場面はもっと徹底しています。彼が「6かける10の23乗個だろ」と得意げに答えると、葛西は申し訳なさそうな顔で「6.02214076かける10の23乗個です」と、小数点以下まで正確に訂正しました。そのうえで「パンツ履いときますね」と続けます。挑発に乗ったのでも、切り返したのでもありません。化学の教師として、間違いを直しただけです。
水をかけられた直後の第一声も「暖かい季節でよかったです」でした。屈辱を受け流しているのではなく、屈辱として登録されていないのです。
ここが重要だと思っています。復讐は、傷ついた人間がやることです。傷の大きさが復讐の限度を決めるから、復讐にはブレーキがついている。ところが葛西は傷ついていません。つまり彼女の行動には、加減を決める基準そのものが存在しないのです。読者から「可愛いし美人だけど、タイトル通りサイコですね」という感想が出てくるのは、暴力の派手さよりも、この空白を感じ取っているからだと思います。
「生徒を幸せにするため」という言葉は、たぶん嘘ではありません
公式のあらすじにも引かれている「私が教師になったのは生徒を幸せにするため」という言葉は、本編では自己紹介の一部として語られます。小学校のときに先生がかけてくれた言葉が忘れられなくて、それ以来ずっと教師を目指してきた。生徒を幸せにできるような教師を目指して頑張ります、と。生徒たちはこれを鼻で笑い、「うっざ」と切り捨てます。
読者もたいていは、あとで裏返る建前として読みます。ですが、無料範囲を読み直すかぎり、この動機が嘘である描写はどこにもありません。むしろ嘘でないほうが、はるかに怖い作品になっています。
職員室の場面がその証拠です。教頭の説明によれば、このクラスの担任を打診されたベテラン教師は全員が断固拒否し、「あんなクラスを持つくらいなら教師を辞める」とまで言った。異例ながら引き受けたのは、新米の葛西ひとりだけでした。誰も座りたがらない席に、彼女は自分から座っているのです。
目的は本物で、手段にだけ制限がない。よく言われる「歪んだ正義」よりも、これは「無傷な善意」と呼んだほうが正確だと思います。痛みを知らない人間が本気で誰かを幸せにしようとしたとき、その手段は誰にも予測できません。彼女が笑顔を絶やさないのは、演技ではなく整合なのです。
前任・若谷先生の不在が、この作品の設計図になっています
本作は、主人公が登場するより先に、主人公ではない教師の末路から始まります。第1話の冒頭で生徒たちが雑談しているのは、担任の若谷先生が自殺未遂で入院したという話題です。
教頭の説明は具体的で、そのぶん重い。首を吊り、ヒモが切れたところを家族に発見された。肉体的な傷は浅くとも精神が壊れ、まともな会話も難しく、復職は絶望的。生徒たちは彼を「バカ谷」と呼び、「あれくらいで病むかフツー」と笑っています。
この配置は偶然ではないはずです。若谷先生は、このクラスで「困ってしまった人間」がどうなるかの見本として置かれています。読者は第1話の時点で、葛西も同じ道をたどるのだろうと予期させられる。そのうえで、彼女だけが一歩も動かないところを見せられるわけです。
同じ構図は生徒の側にもあります。葛西の返答に思わず吹き出してしまった女子生徒アザミは、それだけで金沢綾羽たちに呼び出され、翌日の授業中に人前で辱められる役を強要されます。彼女の内心は「注意したら私までやられる」「もう、あんなひどい目にあいたくない」という怯えで占められています。
若谷先生とアザミ、そして葛西心春。三人が同じ教室に置かれることで、この作品の主張は明確になります。この教室で支配されるのは、弱い人間ではなく、困る人間なのです。
章タイトルの並びは、教室を出ていく記録になっています
原作のチャットノベル版はすでに完結しており、全107章、分割で202話が公開されています。この章タイトルを頭から順に眺めると、作品の作りがはっきり見えてきます。
序盤の【1】から【16】までは、「初めまして、サイコです」「サイコは特に困らない」「サイコ、生き生き」「サイコ、おかわり」といった具合に、ほぼクラス内の攻防で回っています。ところが【17】以降、タイトルの様子が変わります。
- 【17】〜【26】春を売るユッキー①〜⑩
- 【27】〜【35】永遠の少女①〜⑨
- 【36】〜【43】サイコの初体験①〜⑧
- 【44】〜【50】誹謗中傷犯vsサイコ①〜⑦
- 【51】〜【63】夏とサイコとオーディション①〜⑬
- 【71】〜【76】修学旅行ジャック①〜⑥
- 【77】〜【86】文化祭クラッシャー①〜⑩
- 【87】〜【96】爆殺クリスマス①〜⑩
- 【97】確信/【98】〜【107】サヨナラ、サイコ
学園ものは通常、修学旅行や文化祭やクリスマスといった行事を順番に消化していく形式をとります。本作もその骨格は律儀に守っています。守ったうえで、行事の名前に「ジャック」「クラッシャー」「爆殺」という別ジャンルの語を接ぎ木しているのです。器は学園もの、中身はスリラー。この作り方は、キャッチコピーの「先生は、ちょっぴりエッチでとってもサイコ♡」が持つ落差とまったく同じ構造をしています。
もうひとつ見逃せないのが、章の主語です。「春を売るユッキー」「永遠の少女」「誹謗中傷犯」と並ぶこれらは、いずれも葛西の名前ではありません。彼女はタイトルの主役ですらなく、持ち込まれた事件に対して起動する側に回っています。教室から始まった物語が学校の外へ広がっていくのに、真ん中にいる人物だけが最初から最後まで変化しない。そういう並びになっています。
なお「サイコの初体験」という章タイトルについては、第1話で彼女が「先生のセックス初体験は12歳でした」と即答した場面と結びつけ、あれは別の意味の初体験だったのではないかと読む読者もいます。ただしこれは無料範囲の外にある話で、本編がそう明言しているわけではありません。ここでは、読者にそう読ませるだけの余白が最初の一話に仕込まれている、という事実だけを指摘しておきます。
シリーズが増え続けるのは、主役が人物ではなく「装置」だからです
peepのランキングを開くと、『小悪魔教師♡サイコ』の近くに『小悪魔JK♡サイコ』『小悪魔メイド♡サイコ』『恋するサイコの白雪くん』が同時に並んでいます。派生作品がここまできれいに量産できるシリーズは、そう多くありません。
理由は、いま見てきた構造から説明がつきます。ふつうキャラクターの魅力は、変化や成長から生まれます。だから続編は難しい。変わってしまった主人公で同じ話は書けないからです。ところが葛西心春は変わりません。困らない人間は、何を投げつけられても同じ位置に立ち続けます。
つまりこの作品の本当の主役は、葛西心春という個人ではなく、「絶対に困らない人間を、悪意の集まる場所に一人置く」という装置のほうなのです。置く場所が教室でもJKでもメイドでも、装置は同じように動きます。だから職業を差し替えるだけで、新しいシリーズが立ち上がる。読者コメントに「もうこっちが漫画でいいよ(暴論)」「ノベル版、コミック版と読んできました」といった声が並ぶのも、同じ話を形を変えて何度も読みたい需要が確かにあることの表れだと思います。
縦カラーマンガ版は毎週水曜に更新されています。まず読むべきは第1話と第2話です。バケツの水をかけられたあとの「暖かい季節でよかったです」と、翌日の「私は困らないですよ?」。この二つの台詞を押さえておけば、そのあと何が起きても、起きている理由のほうは全部わかります。
まとめ
『小悪魔教師♡サイコ』は、サイコパス教師が悪い生徒を制裁する物語として読まれています。ですが実際に第1話と第2話を読むと、この作品を動かしているのは制裁ではなく、「私は特に困らないですよ?」という一言だとわかります。
困る人間だから支配された若谷先生、困る人間だから逆らえないアザミ、そして困らないから止まらない葛西心春。三人の対比が第1話のうちに提示され、その関係は章タイトルが学校の外へ広がっていっても崩れません。彼女が変化しないからこそ、この物語は教師からJKへ、メイドへと同じ形のまま増殖していけるのです。
4.1点/14.1万件というレビューの数字は、スカッとする話が読まれた記録であると同時に、この不動の一点に多くの読者が引っかかり続けた記録でもあると思います。読むときは、彼女が何をしたかではなく、何をされても困っていないという事実のほうを見てみてください。無料の4話だけでも、その怖さは十分に届きます。
小悪魔教師サイコをコマで読み返すなら
ここで書いた読み方を頭に入れて読み返すと、同じ場面でも見えてくるものが変わります。DMMブックスなら試し読みから電子で読めます。
※本記事はアフィリエイト広告を含みます



コメント