黙示録の四騎士252話 事前予想|「怖るべき未来」掲載前に読んだバンの生死

黙示録の四騎士

※この記事は『黙示録の四騎士』251話までのネタバレを含みます。252話の掲載前に、予告されていたサブタイトル「悲しみの帷」だけを手がかりにして展開を予想した記事です。
【追記】実際に掲載された252話のサブタイトルは「怖るべき未来」でした。予告段階の表記から変更されています。掲載後の本編内容にもとづく考察は黙示録の四騎士252話考察|「怖るべき未来」で七つの大罪が伝説になった理由にまとめていますので、答え合わせはそちらをご覧ください。
黙示録の四騎士252話のサブタイトルが「悲しみの帷」として予告されました。
251話「抗い」で、ランスロットは混沌に抗い、ギネヴィアは支えると誓い、そしてバンが不死を失ったまま息子を連れ戻しに出発した直後の回になります。
この記事では、「帷」という字が選ばれた意味、「祈り」から「抗い」を経て「悲しみ」へ至るタイトルの並び、そしてバンの生死がどう扱われるのかを軸に、252話の展開を予想していきます。
なお、前提となる251話の内容(扉絵のバン一家、ランスロットの抗い、ギネヴィアの誓い、そしてバンの出発)については黙示録の四騎士251話考察|バン出発とエレインの覚悟、死亡フラグの意味で詳しくまとめています。
先に251話で何が積まれたのかを押さえておくと、この記事の予想も追いやすくなります。

黙示録の四騎士をコマで読み返すなら
伏線の張り方は、まとめて読み返したときに一番はっきり見えてきます。1巻から最新巻まで電子で揃っています。

黙示録の四騎士をDMMブックスで読む

252話「悲しみの帷」というタイトルの読み方|「帷」という字が選ばれた意味

まず引っかかったのが、「悲しみ」ではなく「悲しみの帷」だという点です。
感情を表す言葉だけで終わらせず、わざわざ「帷」という字が足されています。
この一文字に、252話の性質がほぼ全部入っていると考えています。
帷とは、垂らして空間を仕切るための布のことです。
現代語であまり単独では使われませんが、「夜の帷が下りる」という言い回しでなら見覚えがある人も多いでしょう。
日が暮れて、あたりが見えなくなっていく状態を指す表現です。
つまり「悲しみの帷」は、その慣用句の「夜」を「悲しみ」に置き換えた形になっています。
ここから読み取れる性質が3つあります。
1つ目は、帷は「下りる」ものだということです。
誰かが振り上げるものでも、勝ち取るものでもありません。
上から降ってきて、そこにいる人間の意思とは無関係に覆いかぶさるものです。
251話が「抗い」という能動的な行為の話だったのに対して、252話は抗いようのないものが降ってくる回だと読めます。
2つ目は、帷は「隠す」ものだということです。
布である以上、その役割は向こう側を見えなくすることにあります。
悲しみが視界を覆うということは、悲しみによって見えなくなるものが必ずあるということです。
ここは後半で詳しく掘り下げますが、この作品において「見えなくなる」という現象は、決して軽い意味を持ちません。
3つ目は、帷は空間全体を覆うということです。
一人の胸の内にとどまる悲しみであれば、帷という言葉は使いません。
場そのものを包み込むからこそ、帷という表現が選ばれています。
251話までのサブタイトルは、基本的に個人の行為や状態を指していました。
「祈り」も「抗い」も、誰か一人がやっていることです。
それに対して「悲しみの帷」は、複数の人物にまたがって同時に発生する状態を指しています。
主語が個人から場へ移った。
この変化だけで、252話がかなり大きな出来事を扱う回であることが分かります。

「祈り」「抗い」「悲しみ」の並びが示すもの|251話の抗いは失敗するのか

次に注目したいのが、ここ数話のサブタイトルの並びです。
249話が「祈り」、250話が「カオス・ランスロット」、251話が「抗い」、そして252話が「悲しみの帷」になります。
251話の事前予想でも触れましたが、この作品には名詞形のサブタイトルが持つ法則があります。
名詞形の回は、キャラクターが何かを成し遂げる回ではなく、置かれている状態そのものを提示する回になるという法則です。
実際に251話「抗い」は、抗って勝つ回ではありませんでした。
ランスロットが混沌を抑え込み続けている状態を、一話かけて見せる回でした。
「悲しみの帷」も名詞形です。
したがって252話も、誰かが悲しみを乗り越える回ではなく、悲しみが降りている状態を提示する回になると考えるのが自然でしょう。
そのうえで、この4話の並びを感情の推移として読むと、かなり不穏なものが見えてきます。
祈り、そして抗い、その次に悲しみが来ています。
祈るというのは、自分では手が届かないときにする行為です。
249話でリオネス側にできたのは、まさにそれだけでした。
そして祈っても事態が変わらなかった結果として、250話でカオス・ランスロットという新しい定義が確定します。
祈りが届かなかったから、251話で抗いが始まりました。
ランスロットは自分の内側で混沌と殴り合い、ギネヴィアは支えると誓い、バンは自分の足で息子のもとへ向かっています。
祈るという受け身の手段を捨てて、全員が能動的に動き出した回でした。
その次に来るのが「悲しみ」です。
この順番が意味するところは、あまり気持ちのいいものではありません。
祈っても届かず、抗っても届かず、最後に残ったのが悲しみだった、という流れになっているからです。
つまり252話の時点で、251話の抗いは結果として実を結ばなかったものとして処理される可能性が高いと見ています。
ここで、251話の着地を思い出しておきたいところです。
251話のラストで起きたのは、抗っている姿を見たギネヴィアが支えると誓い、父が息子を連れ戻すために動き出すという展開でした。
抗いは、隣にいる一人と遠くにいる父親には確実に届いています。
しかし、外で起きている事態そのものは何ひとつ止まっていません。
街は壊れ、リオネスは討伐の会議を開き、混沌は抑え込まれているだけで消えてはいない状態です。
内側には届いたが、外側は動かなかった。
この構造のまま次に「悲しみの帷」が来るのであれば、届かなかった側の帳尻が合わされる回になるということでしょう。

悲しみの主語その1|バンの死と「ランスは必ず戻ってくる」の答え合わせ

「悲しみの帷」の発生源として、まず挙げなければならないのがバンです。
251話は、バンの死亡フラグをかなり丁寧に積み上げた回でした。
整理すると、材料は4つあります。
1つ目が、彼が不死の力を失っているという事実です。
前作『七つの大罪』でバンを最前線に立たせ続けた最大の理由が不死身であることでした。
その前提が今は存在しません。 2つ目が、扉絵です。
バンとエレイン、そして幼いランスロットが幸福に遊んでいる一枚を掲げたうえで、同じ話の中でその父親を送り出しています。
失われるものを先に見せてから壊しに行くという構成は、この作者が繰り返し使ってきた形です。
3つ目が、エレインの反応でした。
彼女は最終的に、これが最後になる可能性を受け入れたうえで感謝を伝えて送り出しています。
送り出す側がそこまで覚悟している描写は、無事に帰ってくる出撃には不要なものです。
そして4つ目が、バン自身が言った「安心しろ、ランスは必ず戻ってくる」という一言になります。
主語が「ランスは」であって「俺たちは」ではありません。
帰還を約束されているのは息子ただ一人で、自分の帰りについては何も言っていない台詞でした。
これら4つが揃った直後に「悲しみの帷」というサブタイトルが来ています。
素直に読むなら、252話でこの一言の答え合わせが行われるということになるでしょう。
ただし、ここで一つ立ち止まっておきたい点があります。
「帷が下りる」という表現は、出来事そのものではなく、その後を指す言葉だということです。
日が沈む瞬間ではなく、沈んだあとに暗さが広がっていく状態を表しています。
そう考えると、252話はバンが戦って死ぬ回ではない可能性があります。
死そのものは描かれるとしても一瞬で、話の大半は、その報せが広がっていく側に使われるという構成です。
実際、名詞形サブタイトルの法則からしても、252話は劇的な決着の回ではなく状態提示の回になるはずでした。
一方で、反対の可能性も置いておく必要があります。
バンは251話で出発したばかりです。
ランスロットのもとへたどり着くまでに何話かかかるのであれば、252話で決着まで行くのは早すぎます。
その場合、「悲しみの帷」の発生源はバン以外にあることになります。
候補として現実的なのは、すでに喪失を抱えているリオネス側でしょう。
どちらに転ぶにせよ、バンの生死が読者の最大の関心事として252話に持ち込まれることは間違いありません。

悲しみの主語その2|エレインと妖精王キングに届く報せ

帷が場全体を覆うものである以上、252話では悲しみを受け取る側が描かれるはずです。
その筆頭がエレインになります。
251話で彼女は、怒るべき相手に怒り、怖いものを怖いと言ったうえで、最後には感謝を伝えて夫を送り出しました。
あの場面が丁寧に描かれたのは、それが後で効いてくるからだと考えるのが自然です。
覚悟を決めて送り出すという描写は、その覚悟が現実になったときに完成します。
そしてエレインには、お腹の子がいます。
251話の時点で、性別も分からない命が同じ画面に置かれていました。
仮にバンが帰ってこなかった場合、この子は父を知らないまま生まれてくることになります。
喪失と誕生を同じ場所に並べておいて、片方だけで終わらせるということは考えにくいでしょう。
もう一人、忘れてはいけないのが妖精王キングです。
251話でエレインが怒りをぶつけた相手であり、リオネスでの作戦会議を伝えに来た人物でもあります。
彼の立場は、252話で最も苦しいものになる可能性があります。
妖精王としては世界の危機に対処しなければなりません。
リオネスの盟友としては討伐の会議に出なければなりません。
しかし兄としては、妹から夫と息子の両方を奪う側に立たされることになります。
ここで効いてくるのが、前作からの因縁です。
キングは過去に、妹であるエレインを守れなかったという後悔を長く背負ってきた人物でした。
その彼が、今度は妹の夫と甥を守れない立場に置かれています。
守れなかった過去を、形を変えて繰り返す。
「悲しみの帷」というタイトルが場全体を覆う言葉であることを踏まえると、この兄妹の場面が252話に置かれる可能性はかなり高いと見ています。

悲しみの主語その3|ランスロットが読心で受け取ってしまうもの

そしてもう一つ、見落とせないのがランスロット自身です。
彼は相手の心を読める騎士でした。
この設定が、バンの出発と組み合わさった瞬間に、かなり残酷な仕掛けとして機能します。
バンが内心で自分は帰らないかもしれないと覚悟している場合、その覚悟は息子に筒抜けになるからです。
エレインの前では、主語をずらすことで隠せました。
「ランスは必ず戻ってくる」と言えば、自分については触れずに済みます。
しかしランスロットの前では、その言い換えが通用しません。
父が死ぬ気で来たという事実が、言葉を交わす前に伝わってしまう構造になっています。
ここで思い出したいのが250話です。
ジェリコが逃げなかった理由を、ランスロットは理解できませんでした。
自分のために消えることを選ぶ心理が、彼にはまだ分からなかったということです。
そこへ今度は、自分のために死ぬ覚悟を決めた父親が現れます。
分からなかったはずの心理が、父という形をとって目の前に立つわけです。
そして252話が「悲しみの帷」であるならば、この理解が悲しみとして着地することになります。
250話では、ジェリコの死が「なぜ逃げなかった」という疑問を生みました。
その疑問が251話の抗いにつながっています。
同じ構造をあてはめるなら、252話の悲しみもまた、次の行動を生むための起点になるはずです。
つまり悲しみの帷は終点ではありません。
ここで最も気になるのが、悲しみが混沌に対してどう作用するのかという点です。
キャス・パリーグは、対象の望みや弱点を突いて契約に持ち込む形で影響力を行使してきた存在でした。
悲しみは、その手法にとって最大の隙になります。
心が弱ったところに、望みを与えるという形で入り込めるからです。
逆に、悲しみが混沌を押しのける可能性もあります。
251話でランスロットが混沌を抑え込めていたのは、自分の心が残っていたからでした。
悲しみは、心が残っている証拠そのものです。
この2つのどちらに転ぶのかが、252話最大の分岐点になると考えています。

ギネヴィアの「何があっても支える」が試される回になるのか

251話でギネヴィアが立てた誓いも、252話で意味を持ち始めるはずです。
彼女は、何があってもランスロットの支えになると誓いました。
かつて彼が自分にしてくれたように、今度は自分が彼を支えるという宣言です。
ただし、この誓いには前提があります。
「何があっても」という言葉は、これから何かが起きることを織り込んだ言い方だということです。
何も起きなければ、この誓いは使われません。
逆に言えば、252話でその「何か」が起きるからこそ、251話であらかじめ誓わせたと考えるのが自然でしょう。
ここで、彼女が未来を視る力を持っている点が効いてきます。
この破壊の先に何が待っているのかを、彼女はおそらく誰よりも先に見ています。
そのうえで先に誓ったのだとすれば、彼女はすでに悲しみが来ることを知っていたことになります。
そして、ここからが個人的にいちばん引っかかっている部分です。
帷とは、視界を遮るための布でした。
未来を視る少女がいる作品で、「見えなくするもの」を意味する言葉がサブタイトルに選ばれています。
これは偶然だとは思えません。
悲しみの帷が下りたとき、ギネヴィアの未来視が働かなくなるのではないか、という予想を置いておきます。
先が見えるからこそ彼女は覚悟を決められました。
その見通しが奪われた状態で、それでも隣に立ち続けられるのか。
支えると誓った少女から、支える根拠を取り上げる。
物語の作り方として、これはかなり効く展開になるはずです。

リオネスの作戦会議と黙示録の四騎士|パーシバルたちは252話で動くのか

251話で伝えられた、リオネスでの作戦会議についても触れておきます。
あの知らせは、招集が伝えられただけで、会議そのものは描かれていません。
順当に考えれば、252話でその会議が描かれることになります。
そしてここに「悲しみの帷」というタイトルが乗ると、絵面がはっきりしてきます。
ランスロット討伐を議題にした会議の場に、悲しみが降りてくるという構図です。
リオネスは、すでにエリザベスの死という喪失を抱えた状態にあります。
メリオダスの状態も万全とは言えません。
そこへさらに報せが届くのだとすれば、帷という言葉が示す「場全体を覆う」感覚とよく噛み合います。
2話ぶりに主人公側が動き出す回になる可能性も高いでしょう。
250話は混沌の騎士団の視点、251話はランスロットとバンの家族に絞られていました。
パーシバル、トリスタン、ガウェインの3人は、しばらく画面に出てきていません。
作戦会議という場は、この3人を物語に戻すための入口として最も分かりやすい装置です。
中でも注目したいのがガウェインになります。
249話の時点で、ランスロットがまだ本気を出していないと指摘したのは彼女でした。
ランスロットの力量を正確に測れる数少ない人物であり、太陽の力を持つ騎士でもあります。
混沌という概念に対して、光の側から干渉できる可能性がある人物です。
帷が下りて視界が閉ざされる回に、光を持つ騎士が配置されているという対比も、作品の構成として自然に読めます。

独自考察|「帷」は誰かの死を隠すために下りると予想する理由

ここからは独自の視点で、252話を予想していきます。
何度も書いてきた通り、帷の本来の役割は「向こう側を見えなくすること」です。
悲しみを表すだけなら「悲しみの底」でも「深い悲しみ」でも成立しました。
それでも「帷」が選ばれたということは、隠すという機能に意味があるということだと考えています。
では、悲しみによって何が隠されるのか。 候補は3つあると見ています。
1つ目が、バンの生死そのものが確定しないという形です。 帷の向こう側は見えません。
死んだように見えるが、確認はできない。
前作でも、バンは死んだと思われて生還することを繰り返してきた人物でした。
悲しみだけが先に届いて、事実が確定しないまま話が進む。
この形であれば、「悲しみの帷」という表現が最も正確に当てはまります。
2つ目が、ランスロットの中に残っていた心が見えなくなるという形です。
251話で彼が混沌を抑え込めていたのは、自我が残っていたからでした。
その事実を知っているのは、隣にいるギネヴィアだけです。
もし悲しみによって彼が完全に沈黙してしまえば、外から見た彼は本物の怪物にしか見えなくなります。
リオネス側が討伐を決議する回に、ちょうどそのタイミングで心が見えなくなる。
この噛み合わせは、物語として相当に残酷です。
そして3つ目が、私が本命だと思っている読み方になります。
悲しみの裏で、キャス・パリーグが動くという形です。
キャスはこれまで、相手の望みや弱みにつけ込んで契約を結ばせることで影響力を広げてきました。
つまり彼が最も動きやすいのは、全員の心が弱っている瞬間ということになります。
逆に言えば、全員が悲しみに視界を塞がれている時間ほど、彼にとって都合のいい状況はありません。
帷というのは、その裏側で何かを進めるための舞台装置でもあります。
アーサーが行方不明のまま生死すら分からず、混沌の騎士団も250話で壊滅しました。
それでも永遠の王国という仕組みだけは動き続けています。
王も兵もいないのに機能だけが残っているという状態を維持できる人物は、現時点でキャスしか残っていません。
252話で全員が悲しみに沈んでいる裏で、その仕組みが次の一手を打つ。
そう考えると、「悲しみの帷」というタイトルは、感傷的な回を予告しているのではなく、油断させるための回だということになります。
最後に、252話がどこまで進むのかについても予想を置いておきます。
名詞形サブタイトルの法則からすると、252話も状態提示の回です。
悲しみが下りるところまでは描かれても、それを乗り越える展開までは進まないと見ています。
帷は下りたまま、次回以降に持ち越される可能性が高いでしょう。
そして253話以降で、その帷が上がる回が来ます。
悲しみを越えて誰かが動き出す回であり、そこでようやくパーシバルたち四騎士が本格的に戻ってくるのではないかと予想しています。

まとめ|黙示録の四騎士252話「悲しみの帷」で注目すべき3つのポイント

黙示録の四騎士252話「悲しみの帷」について、現時点で押さえておきたいポイントを整理します。
1つ目は、「帷」という字が持つ性質です。
帷は上から下りてくるもので、向こう側を隠すもので、そして場全体を覆うものでした。
251話が個人の能動的な行為を描く回だったのに対して、252話は抗いようのないものが降ってくる回になると見ています。
2つ目は、「祈り」から「抗い」を経て「悲しみ」へと進むタイトルの並びです。
祈っても届かず、抗っても届かず、最後に悲しみが残るという順番になっています。
251話の抗いが外の事態を何ひとつ止められていない以上、その帳尻が252話で合わされる可能性が高いでしょう。
3つ目は、悲しみの発生源としてバンが最有力だという点です。
不死の力の喪失、扉絵の家族3人、エレインの感謝、そして「ランスは必ず戻ってくる」という主語のずれた一言。
251話で積まれた4つの材料の答え合わせが、252話で行われることになります。
そのうえで独自の予想として置いておきたいのが、帷が下りるのは全員の視界を塞ぐためだという読み方です。
悲しみに沈んでいる時間こそ、望みと弱みにつけ込むキャス・パリーグにとって最も動きやすい状況になります。
感傷的な回に見せかけて、その裏で次の一手が進む回。
それが「悲しみの帷」というタイトルの正体ではないかと考えています。
なお、この予想の前提になっている251話で実際に何が起きたのか、バンの死亡フラグがどう積まれたのかを先に確認しておきたい方は、黙示録の四騎士251話考察|バン出発とエレインの覚悟、死亡フラグの意味もあわせて読んでみてください。

黙示録の四騎士をコマで読み返すなら
伏線の張り方は、まとめて読み返したときに一番はっきり見えてきます。1巻から最新巻まで電子で揃っています。

黙示録の四騎士をDMMブックスで読む

前の話 ← → 次の話

※本記事はアフィリエイト広告を含みます

コメント

タイトルとURLをコピーしました