黙示録の四騎士251話 事前予想|抗うのは誰か、バン再登場は

黙示録の四騎士

※この記事は『黙示録の四騎士』250話までのネタバレを含みます。251話は未読の段階で、サブタイトル「抗い」から展開を予想する記事です。

※251話は掲載済みです。実際の内容をもとにした考察は黙示録の四騎士251話考察|バン出発とエレインの覚悟、死亡フラグの意味にまとめています。本記事は掲載前にタイトルだけを手がかりに書いた事前予想として残しています。

黙示録の四騎士251話のサブタイトルが「抗い」であることが判明しました。

250話「カオス・ランスロット」で混沌の騎士団が壊滅し、ジェリコが逃げずに消え、ランスロットが「ナンデニゲナカッタ バッカヤロウ」という一言を残した直後の回です。

この記事では251話のタイトルだけを手がかりに、「抗い」の主語が誰なのか、キャス・パリーグとの主導権争いはどう動くのか、そしてバン再登場の可能性までを考察します。

なお、前提となる250話の内容(混沌の騎士団の壊滅、ジェリコの最期、新技「滅びの残月」など)については黙示録の四騎士250話考察|ジェリコの最期と「ナンデニゲナカッタ」の意味で詳しくまとめています。

先に250話の流れを押さえてから読むと、この記事の予想も追いやすくなります。

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251話「抗い」というタイトルの読み方|名詞形サブタイトルが持つ意味

まず引っかかったのは、タイトルが「抗う」ではなく「抗い」だという点です。

動詞の終止形ではなく、動詞を名詞化した形が選ばれています。

この作品のサブタイトルを並べてみると、名詞形が来る回には共通した性質があることが見えてきます。

242話は「窮地」、246話は「実力差」、249話は「祈り」でした。

いずれも、キャラクターが何かを成し遂げる回ではなく、置かれている状態そのものを提示する回です。

「窮地」は追い詰められている状態でした。

「実力差」は覆せない差が確認される回でした。

「祈り」は、祈ること以外にできることがない状況を示していました。

つまりこの作品において名詞形のサブタイトルは、行動の結果ではなく、行動できない状態を切り取るときに使われています。

この法則をそのまま当てはめるなら、251話「抗い」は「抗って勝つ回」ではありません。

抗っている最中の状態が描かれる回、あるいは抗っても届かないことが確認される回になる可能性が高いと考えています。

もう一つ注目したいのが、249話から251話までのタイトルの並びです。

「祈り」から「カオス・ランスロット」を挟んで「抗い」へ。

祈りという静的な行為が届かなかった結果として、新しい定義であるカオス・ランスロットが確定しました。

そのあとに来る「抗い」は、祈るという受け身の手段では足りないと分かった側が、自力で動き始める段階を意味します。

祈って駄目だったから抗う、という順番になっているわけです。

この並びを見る限り、251話で動き出すのは、これまで祈る側に置かれていた人物だと考えるのが自然でしょう。

250話ラストの「ナンデニゲナカッタ バッカヤロウ」が抗いの起点になる理由

251話を予想するうえで、絶対に外せないのが250話のラストです。

ジェリコは、永遠の王国が用意したもう一人のランスロットと暮らしていました。

そして破壊が迫るなか、逃げることを選ばずに抱擁して消えています。

それを見たカオス・ランスロットが残した言葉が「ナンデニゲナカッタ バッカヤロウ」でした。

ここで重要なのは、これが疑問と罵倒の混合だということです。

完全に混沌に飲まれた存在であれば、消した相手の行動理由に関心を持つ必要がありません。

破壊という結果だけがあればいいはずです。

それでも彼は「なぜ」と問い、そのうえで「馬鹿野郎」と吐き捨てました。

問いが生まれたということは、理解できないものに触れたということです。

そして罵倒が出たということは、感情が動いたということです。

この2つが同時に出た時点で、ランスロットの内側にはまだ本人の意思が残っています。

251話のタイトルが「抗い」であることを踏まえると、この揺らぎが起点になるとしか思えません。

ジェリコの死は、単なる犠牲者の描写ではなかったということです。

混沌に沈んだランスロットの中に、疑問という亀裂を入れるための出来事だったと考えられます。

その亀裂が広がるのが251話だとすれば、「抗い」の主語の第一候補はランスロット自身になります。

「抗い」の主語その1|ランスロットとキャス・パリーグの主導権争いが表面化する

もっとも可能性が高いのが、ランスロットがキャス・パリーグに抗うという展開です。

248話から249話にかけて、ランスロットは混沌とキャスの意思の両方を引き受けたうえで、自分の意思と自分の手で世界を壊すと宣言していました。

ここが非常に厄介なところです。

彼は乗っ取られたのではなく、自分から受け入れています。

だからこそ、外から誰かが説得しても剥がれません。

剥がすには、本人が自分の選択に対して疑問を持つ必要があります。

その疑問が、250話でようやく生まれました。

ジェリコが逃げなかった理由が分からないという、極めて個人的な引っかかりです。

キャス・パリーグの立場から見れば、この疑問は最大のリスクでしょう。

キャスはこれまで、対象の望みや弱点を突いて契約に持ち込む形で影響力を行使してきました。

望みを与える代わりに主導権を握るというやり方です。

ところが、ジェリコが最後に見せた「逃げない」という選択は、望みで動かせるものではありません。

与えられた幸福が偽物だと知りながら、それでも幸せだったと言い切って消える。

この行動原理はキャスの手法の外側にあります。

だからランスロットの中に、キャスが説明できない領域が生まれてしまいました。

251話でキャスがこの疑問を上書きしようと動き、ランスロットがそれに抗う。

そういう内側の攻防が描かれる回になると予想しています。

「抗い」の主語その2|ギネヴィアは腕の中で何を選ぶのか

次に考えたいのがギネヴィアです。

250話では巻頭カラーでランスロットと並んで描かれ、本編でもずっと彼の腕の中にいました。

ここで思い出しておきたいのが、ランスロットには守るべき人間が近くにいるときに全力を出さないという原則があったことです。

ところが250話では、ギネヴィアを抱えたまま滅びの残月まで解放しています。

この矛盾の説明として考えられるのは、ランスロットにとっての守るべき人の範囲が、ギネヴィア一人に絞り込まれたということです。

彼女だけは巻き込まないという前提が固定されているから、周囲がどうなろうと全力を出せる状態になっています。

逆に言えば、ギネヴィアが自分から範囲の外に出ようとした瞬間、この前提が崩れます。

ここに「抗い」が接続する余地があります。

ギネヴィアは未来を視る力を持つ人物です。

この破壊の先に何が待っているのかを、彼女はおそらく誰よりも先に見ています。

そのうえで隣にいることを選び続けているのだとすれば、それは黙認ではなく我慢でしょう。

そして250話で、ジェリコという先例が示されました。

逃げないという選択が、破壊を止めることはできないという結果も含めて描かれています。

ギネヴィアがこれを踏まえて動くなら、同じ形はとらないはずです。

抱えられたまま黙って消えるのではなく、腕の中から言葉をぶつける方向に行く可能性が高いと考えています。

ランスロットが「なぜ逃げなかったのか」と問うたばかりのタイミングで、逃げない理由を言語化できる人物が隣にいる。

この配置は、明らかに意図的です。

さらに言えば、ギネヴィアには250話のジェリコにはなかった強みがあります。

それは、ランスロットが彼女を守るべき対象として扱っているという事実です。

ジェリコは2年間姿を消していたこともあり、ランスロットの守備範囲の外に置かれていました。

だから逃げなかったことが疑問として処理されて終わっています。

一方でギネヴィアは範囲の内側にいます。

その彼女が「私も逃げない」と言った場合、ランスロットは同じように処理できません。

疑問として片付けるには、相手が近すぎるからです。

ここが251話における最大の急所になると考えています。

「抗い」の主語その3|バン再登場と「バン殺し」の予言はここで動くのか

もう一つ、可能性として挙げておきたいのがバンの再登場です。

この作品には、ランスロットが父であるバンを殺すという予言が置かれています。

長く放置されてきた伏線ですが、回収するタイミングとしてこれ以上のものはありません。

理由は3つあります。

1つ目は、現時点でランスロットを物理的に止められる人物がほとんど残っていないことです。

混沌の騎士団は250話で壊滅しました。

エリザベスは目覚めず、メリオダスは抜け殻のような状態です。

戦力として計算できて、なおかつランスロットに躊躇なく近づける人物は限られます。

2つ目は、予言との噛み合いです。

バン殺しの予言が成立するには、ランスロットとバンが同じ場所に立つ必要があります。

ランスロットが自分の意思で世界を壊すと宣言した以上、父が止めに来るのは物語として最も自然な流れでしょう。

3つ目が、タイトルとの整合性です。

「抗い」という言葉は、勝てない相手に向かうときにこそ使われます。

親が子を止めるという行為は、力の差がどうであれ抗いという表現がぴったり当てはまります。

ただし、251話で決着まで行くとは考えていません。

名詞形サブタイトルの法則からすると、251話は再会と対峙までで終わり、結論は次回以降に持ち越される可能性が高いからです。

アーサーの行方は251話で明かされるのか|キャメロットが空になった意味

250話でさらりと流されましたが、実はかなり重い情報が置かれていました。

混沌の騎士たちが独断で動いた理由は、アーサーが行方不明で生死すら分からない状態だったからです。

王がいないまま「ならば今は己々の判断で動くしかない」という結論に至り、その結果として全滅しました。

ここで押さえておきたいのは、キャメロットという勢力が実質的に空になったということです。

指揮系統の頂点であるアーサーが不在で、実働部隊である混沌の騎士団は消えました。

にもかかわらず、永遠の王国という仕組み自体は動き続けています。

ジェリコの願いが形になった家が最後まで残っていたことが、その証拠でしょう。

つまり今のキャメロットは、王も兵もいないのに機能だけが残っている状態です。

この状況で誰が仕組みを維持しているのかというと、候補はキャス・パリーグしかいません。

ここが251話を読むうえでの隠れた争点になると考えています。

アーサーが消えたのではなく、キャスにとって不要になったから外されたのだとしたら。

そしてその後釜としてランスロットが選ばれたのだとしたら。

250話でわざわざ「カオス・ランスロット」という新しい名前が与えられたことの意味が変わってきます。

あれは堕ちた姿を示す呼び名ではなく、役職名だったという読み方が成立するからです。

そう考えると、251話の「抗い」はもう一段深い意味を持ちます。

ランスロットが抗う相手は、キャスの意思そのものではなく、自分に与えられた役割の方かもしれません。

混沌の王という椅子に座らされたことに対して抗う。

この形なら、破壊を続けながら同時に抗うという矛盾した状態も無理なく成立します。

黙示録の四騎士側の動き|パーシバルたちは251話で間に合うのか

ここまでランスロット周辺の話が続きましたが、主人公側の状況も整理しておきます。

現状、パーシバル・トリスタン・ガウェインの3人は、ランスロットと直接ぶつかる位置にいません。

エリザベスの死が伝えられた直後で、リオネス側は動揺の只中にあります。

この状態で251話に合流できるかというと、正直かなり厳しいと見ています。

理由は、250話が丸ごと混沌の騎士団の視点で描かれたことです。

主人公側を一切映さずに1話を使ったということは、次回もしばらくランスロット側の時間軸が続くと考えるのが自然でしょう。

むしろ251話は、パーシバルたちが到着する前に、ランスロットの内側の決着をどこまで進めるかという回になるはずです。

予言の騎士が4人揃ってランスロットと向き合う展開は、もう少し先に置かれると予想します。

ただし1つだけ例外があるとすれば、それはガウェインです。

249話でランスロットがまだ本気を出していないと指摘したのは彼女でした。

ランスロットの力量を正確に測れる人物が、250話の惨状を知ってどう動くのか。

ここは251話で一瞬でも触れられる可能性があると見ています。

独自考察|251話は「抗って届かない回」になると予想する理由

ここからは独自の視点で結論を出しておきます。

私は251話を、抗いが描かれるが結果は出ない回だと予想しています。

根拠は、250話の構成そのものにあります。

250話で描かれたのは、対策を持っていた人間が対策ごと潰されるという展開でした。

ディーンストンはシャイニング・ロードの弱点を把握し、実際に一度は回避しています。

それでも滅びの残月の前では、攻撃されている自覚すら持てないまま消えました。

この構成が示しているのは、この作品が今「正しい対処法では届かない」という状況を丁寧に積み上げているということです。

そのうえで次のタイトルが「抗い」なのだとすれば、抗いが実を結ぶ形にはしないでしょう。

むしろ、抗った結果として何も変わらなかったことを見せる回になるはずです。

ではこの回に意味がないのかというと、そうではありません。

250話で生まれた「ナンデニゲナカッタ」という疑問が、251話で言葉として整理される。

その整理が済んだ状態で、次の段階に進むための回になると考えています。

もう1つ、あえて踏み込んだ予想を置いておきます。

251話で抗うのは、ランスロットでもギネヴィアでもバンでもなく、ランスロットが壊した街の生き残りかもしれません。

250話では、混沌の騎士団が民間人に扮していました。

取り残されて病にふせる老人、恋人を捜す者、悲しみにくれる伴侶を演じる部隊です。

ここで見落としてはいけないのが、彼らが演じた役柄には元になった実在の状況があったはずだという点です。

ランスロットが放っておけない状況を作るには、実際に存在するパターンを模倣するのが一番確実だからです。

つまりあの街には、本物の住人が残っていた可能性があります。

その本物が、破壊のあとにランスロットの前に立つ。

逃げなかった理由を、今度はジェリコではない誰かが言葉で突きつける。

この形なら「抗い」というタイトルが最も鋭く刺さります。

力では絶対に届かない相手に対して、言葉だけで抗う人間が出てくる回。

250話が力の話だったからこそ、251話は力以外の話になるのではないかと考えています。

まとめ|黙示録の四騎士251話「抗い」で注目すべき3つのポイント

黙示録の四騎士251話「抗い」について、現時点で予想できることを整理します。

1つ目は、タイトルが名詞形である点です。

この作品で名詞形のサブタイトルが来る回は、行動の結果ではなく状態を描く回になってきました。

251話も、抗いが実る回ではなく、抗っている状態そのものを見せる回になると予想します。

2つ目は、抗いの起点が250話のジェリコの最期にあるという点です。

「ナンデニゲナカッタ バッカヤロウ」という疑問と罵倒が同時に出た時点で、ランスロットの中には本人の意思が残っています。

この揺らぎをキャス・パリーグが上書きしようとし、ランスロットが抗う。

その内側の攻防が本命だと考えています。

3つ目は、バン再登場の可能性です。

混沌の騎士団が壊滅し、リオネス側も動けない今、ランスロットの前に立てる人物は限られています。

バン殺しの予言を回収するタイミングとして、これ以上のお膳立てはありません。

251話が掲載されたら、この予想がどこまで当たったかも含めて改めて考察記事を書く予定です。

250話で実際に何が起きたのかを先に確認しておきたい方は、黙示録の四騎士250話考察|ジェリコの最期と「ナンデニゲナカッタ」の意味もあわせて読んでみてください。

 

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