『皆様には人権がございません』は、縦読みマンガアプリpeepで連載中のサスペンススリラーです。
原作は三石メガネ、作画は柚木昌幸、ネームはユウダイが担当し、マンガ版は115話で4.0点/2.6万件、原作のチャットノベル版は全142話ですでに完結しています。
この記事は無料公開されている冒頭3話の本文をもとにした考察で、序盤の展開と章タイトルから読み取れる後半の輪郭に触れるため、ネタバレを含みます。
この作品はたいてい、「人権の有無で人間と家畜に選別されるディストピア」として紹介されます。
間違ってはいませんが、その紹介のしかたでは、無料の3話で実際に主人公から人権を取り上げている相手を見落とします。
道尾トールを家畜にしたのは、人権適正使用法でも、人権適正使用委員会でもありません。
両親と、隣の家のおばさんと、友人です。
同じpeepのスリラーについては、小悪魔教師♡サイコ考察|葛西心春は復讐していない、ただ一度も「困っていない」だけだでも、第1話の一言から作品全体の骨格を読み直しています。
皆様には人権がございませんをコマで読み返すなら
ここで書いた読み方を頭に入れて読み返すと、同じ場面でも見えてくるものが変わります。DMMブックスなら試し読みから電子で読めます。
人権適性の判断基準は、わざと分からなく書かれています
第1話でトールは、法務省の公式サイトにある人権適正使用委員会のページを開き、判断基準を桔平に見せます。
そこに書かれているのは、次の三つです。
「人権は人間たる資格のある者だけに与える」。
「本能に抗えず秩序を乱す動物的存在のみ、人権を得られない」。
「人間としてごく当たり前の理性を備えているならば、人権は問題なく得られる」。
桔平は「まず長ぇわ。よく分からん」と切り捨て、トールは「分からなくて当然だ。抽象的すぎる」と返します。
ここを、書き手の手抜きだと読むと作品を読み違えます。
この三文は、何を測るのかをひとつも言っていないのに、読んだ人間が自分は該当しないと確信できるように書かれています。
「人間たる資格」も「当たり前の理性」も、自分にはあると答えてしまう語だからです。
基準が具体的であれば、人は自分の点数を数えて不安になります。
基準が抽象的だと、人は自分ではなく他人を採点しはじめます。
トールが言う「分からない者のために、あのヒトたちは家畜にされてるんだ」という一文は、その仕組みを正面から名指しています。
誰も基準を検証できないので、家畜にされたヒトの側が、事後的に基準の説明として使われるわけです。
あの人たちが家畜になったのだから、家畜になる基準は確かにあったのだろう、という順番です。
道尾トールの両親は、判定を疑わずに息子のほうを書き換えました
適性結果が届く前、母は「家畜の子ならともかく、お母さんたち人間の子なんだから」と笑い、父は「これでトールも、晴れて人権保持者だな」と祝う気でいます。
封筒に入っていたA4の紙一枚には、「人権適性:なし」とだけ書かれていました。
ここからの両親の反応が、この作品でもっとも重要な場面だと思っています。
母はトールを、犯罪者を見るような目で見ます。
父が言うのは「俺たちの子供なら、人間のはずだ」です。
この一文の順序に注目してください。
目の前には、17年間育ててきた息子という事実と、届いたばかりの紙という事実の二つがあります。
普通に考えれば、疑うべきは紙のほうです。
ところが父は紙を動かさず、息子の側を動かします。
「息子だと思ったから今まで大切に育ててきたのに」「俺たちは家畜を飼ってただけだったのか」という言い方は、判定に納得したのではありません。
17年ぶん記憶を書き換えて、最初から家畜を飼っていたことにしたのです。
そして父は「回収車が来るまでは大人しくしていなさい」と言い残して、泣く母の肩を抱いて部屋を出ていきます。
制度の側は、この家に対して何もしていません。
紙を一枚届けただけです。
執行したのは両親です。
バケツの水をかけた「民家のおばさん」が、この作品でいちばん怖い
第2話でトールが逃走する住宅街には、同じ日に「適性なし」と判定された17歳が何人も走っています。
そのうちのひとりが、近所の家の玄関にすがりつきます。
「おばさんっ、助けて!ミクだよ、開けてーっ!」という叫びは、名乗れば通じる相手だと信じていた証拠です。
ドアは開きます。
開いた先から出てきたのは、バケツの水でした。
おばさんの台詞は二つだけです。
「ギャンギャンうるさいねえ」と、「ちょっと公務員、ちゃんと仕事してよ」。
そして追いついた職員は「すみません、すぐ回収しますんで」と謝ります。
この短いやりとりに、この社会の力の向きが全部入っています。
職員は権力者として描かれていません。
住民に苦情を言われ、頭を下げる側です。
暴力は上から降ってくるのではなく、住民のクレームに応える行政サービスとして、丁寧な言葉づかいで供給されています。
おばさんが最後に言うのは「まったく、この季節は家畜の鳴き声がうるさいったらありゃしない」でした。
「この季節」という言い方が効いています。
17歳が一斉に選別されて連れて行かれる夜が、彼女にとっては毎年やってくる騒音の季節にすぎない。
回収された少女がその後いっさい声を出さなかったという地の文は、法律に負けた音ではなく、隣人に負けた音です。
神田桔平の「俺らとあいつらは違うだろ」が、合格者の唯一の根拠です
この社会で人権を持つ側は、自分が持っている理由を説明できません。
だから代わりに、持っていない側との差を口にします。
第1話の冒頭、三人はペットショップのショーウィンドウに入れられたロングヘアの少女を見かけます。
安っぽいメイド服を着せられた彼女の右下には、999,000円の値札が貼られています。
津々居の第一声は「安っ。100万切るとか、病気持ちなんじゃねーの?」でした。
彼はここで、少女がヒトであることを否定していません。
値段が相場より安い理由を推理しています。
値札を見た瞬間に品質の話へ切り替えられること、それがこの社会の合格者の思考回路です。
津々居はさらに「家畜なら牛や豚の仲間だっつーの。常識じゃん?」と言い、トールが肩入れすると「焼肉はバクバク食う癖にさ」と笑います。
桔平はもっと巧妙です。
高級イタリアンで床に皿を置かれた「家畜」を見て動揺するトールに、彼はこう言います。
「お前さ、この生ハム見て『俺も生ハムにされたらどうしよう』とか思うか?」。
これは論証ではなく、比喩による打ち切りです。
比較の対象を人間から食材にすり替えた瞬間、「自分もそうなるかもしれない」という問いは成立しなくなります。
「あいつらは家畜になるべくしてなってんだよ。一緒にすんじゃねえ」という続きは、結論を前提として置き直しているだけです。
ここが皮肉なのは、その桔平だけがトールを見捨てないことです。
電話一本で「花咲公園まで来い。迎えに行く」と即答するのは、彼が制度を疑っていたからではありません。
第1話で彼は「ぶっちゃけさ、毎日退屈じゃね?平和すぎて」「世の中のお上品なツラの皮の下、グッチャグチャしたとこ全部見てえ」と言っています。
桔平は正義でも良心でもなく、退屈でトールを助けます。
合格者の側から手を伸ばせる人間が、倫理を持つ者ではなく退屈を持て余した者だけだという配置は、この作品がいかに人間に期待していないかを示しています。
表示名が「家畜(女)」で、助けた少女だけ「髪の長い少女」になる
ここからは、チャットノベル版という形式でしか成立しない仕掛けの話です。
チャットノベルでは、発言のたびに話者の名前が画面に表示されます。
無料範囲でトールが出会うヒトたちの表示名を並べると、こうなります。
- 道尾トール
- 神田桔平
- 津々居
- 父/母/職員/民家のおばさん/ウェイター
- 家畜(女)/家畜(男)
逃げ惑う17歳たちは、名前ではなく「家畜(女)」「家畜(男)」という分類名で表示されます。
玄関で助けを求めた少女は「ミクだよ」と自分から名乗っているのに、画面上の彼女の名前は最後まで「家畜(女)」のままです。
読者は、この社会がヒトを分類として扱うさまを、本文の内容ではなく画面のレイアウトで体験させられています。
ところが、無料範囲の最後で一人だけ例外が現れます。
公園の入口で職員に髪を掴まれ、道の向こうのトールと目が合ってしまう少女です。
彼女の表示名は「家畜」ではなく、「髪の長い少女」です。
そしてトールは、勝ち目がないと分かったうえで飛び出し、職員の顔面を殴ります。
その直前、トールはミクを見捨てる算段をしていました。
「出ていくならもう少し後、あの子が捕獲されるタイミングだ」と考え、自分で「我ながら薄情だ」と気づいています。
見殺しにした相手は分類名で、助けた相手は見た目で呼ばれている。
この作品における人権とは、法律が与えるものではなく、誰かが分類ではなく特徴で呼びはじめた瞬間に発生するものとして描かれています。
読者が最初に引っかかる「5歳の家畜」と、【46】繁殖工場という章題
peepの作品コメント欄でもっとも多くの支持を集めているのは、感想ではなく質問です。
「17歳で人権適切なのに少年少女が家畜なのはなぜ?」という書き込みが89のいいねを集め、それに対する「家畜と家畜の子供なのでは?だから産まれた時から家畜だと決まってるとか」という返信が72のいいねを集めています。
読者が第1話の時点で世界設定の穴だと感じたこの点には、無料範囲の中にすでに答えが置かれています。
適性結果が届く直前、母は上機嫌でこう言っています。
「お向かいさんが飼い始めたんだけどすごく可愛いの、家畜の子で5歳ですって」。
そしてトール自身の原体験も、まさにその層との接触でした。
5歳のとき隣の家に引っ越してきた同い年の子は、隣家の夫婦がペットショップで買った「家畜」で、飼い主の趣味でフランス人形のようなドレスを着せられた男の子でした。
その子は「やっぱり女の子みたいに大人しくないから」という理由で棄てられ、ある日突然いなくなります。
ここから分かるのは、この制度が二階建てだということです。
17歳の審査は、あくまで人間の家に生まれた者に対する篩(ふるい)です。
家畜の子として生まれた者は、審査を受ける手前で、最初から在庫として扱われています。
章タイトルに【46】繁殖工場が置かれていることを踏まえると、その在庫は制度の運用として計画的に生産されていると推測されます。
つまり「17歳で全員が公平に審査される」という建前は、審査を受けられない層をあらかじめ用意することで成立しています。
合格者が安心して暮らせるのは、審査の外側に、絶対に人間にならない層が確保されているからです。
そしてトールが家畜に肩入れするのは、思想でも正義感でもありません。
5歳のときの初恋が、審査を受けることすら許されない側にいた。
それだけが理由です。
「俺は最強だ!」という助言と、【3】出荷から【98】家畜大行進までの並び
逃走前、桔平はトールに奇妙な助言をします。
もし捕まって収容所に連れて行かれたら、ここ一番というところで「俺は最強だ!」と叫べ、狂犬みたくイキんだぞ、というものです。
無料範囲では、この助言の意味は明かされません。
ただ、助言の形そのものが、収容所で何が行われるかを示唆しています。
おとなしくしていろ、でも、従順にふるまえ、でもない。
危険な個体に見せろ、という指示です。
用途によって扱いが変わる場所でしか、この助言は機能しません。
ペットや食用として値付けされるより、闘わされる側に振り分けられたほうが生き延びられる。
そういう選別が収容所で行われると推測されます。
この推測は、チャットノベル版の章タイトルの並びとも整合します。
【3】出荷、【4】分別作業、【5】コードG、【7】ブラッディ・ショー・タイム、【12】殺処分と檻の中、【21】人権剥奪、【25】人体実験、【46】繁殖工場、【82】家畜特区。
畜産の工程を表す語が、そのまま章題として並んでいます。
注目したいのは、この並びが単なる残酷描写の羅列で終わっていないことです。
【63】から【68】までが「原発占拠」で連続し、【96】プロメテウスの火、【98】家畜大行進、【100】誕生、そして【最終話】道の先へと続きます。
出荷される側だった主語が、途中でインフラを握る側に移っている。
火を盗む神の名前と「大行進」という語が終盤に置かれていることから、物語は個人の脱出ではなく制度そのものの転覆へ向かうと考えられます。
ただし、ここは有料範囲にあたるため、章タイトルからの推測にとどめておきます。
タイトルの敬語は、家畜ではなく合格者に向けられています
最後に、タイトルそのものを読みます。
『皆様には人権がございません』は、丁寧語で書かれています。
「皆様」も「ございません」も、相手を立てる語です。
もし本当に相手を家畜だと思っているなら、この言い方は出てきません。
牛や豚に敬語は使わないからです。
敬語が使われているということは、話し手が相手を、言葉の通じる存在として扱っているということです。
つまりこの社会は、相手がヒトであると分かったうえで、手続きだけを家畜のものに切り替えています。
公式のキャッチコピーが「人権なきヒトたちは、ただの家畜だ。」と、人ではなく「ヒト」という生物学上の表記を選んでいるのも同じ設計です。
ヒトであることは誰も否定していません。
否定されているのは、ヒトであることに意味があるという前提のほうです。
この敬語は、家畜認定されたヒトに向けられているのではないと思います。
向けられているのは、選別に合格して人権を持ち続けている側です。
丁寧にお知らせしますから、どうか安心して、これまでどおりの暮らしを続けてください、という通知文なのです。
本記事で引用した本文・章タイトル・レビュー数は、マンガアプリpeep(ピープ)で無料公開されている範囲および作品ページの表記を参照しています。
まとめ
『皆様には人権がございません』は、人権を奪う法律を描いた作品として紹介されがちです。
ですが無料の3話で実際に描かれているのは、紙一枚が届いたあとに、周囲の人間が自分から執行しはじめる速さのほうです。
判断基準は誰にも検証できないほど抽象的で、だからこそ人は自分ではなく他人を採点しはじめます。
父は紙ではなく息子の記憶を書き換え、隣のおばさんは名乗った少女に水をかけ、友人は生ハムの比喩で問いそのものを打ち切りました。
制度は、家畜を作っていません。
制度が作ったのは、家畜を作らないと自分の合格を確認できない人間のほうです。
タイトルの敬語がその通知文であり、章タイトルの並びを見るかぎり、物語はその通知の宛先そのものを壊しにいくのだと考えられます。
まずは無料の3話を、道尾トールが何をされたかではなく、周りの人間が何秒で切り替えたかに注目して読んでみてください。
同じように「制度が人間の値段を決めてしまう」構図を扱った作品としては、『ジャンケットバンク』考察|主語はギャンブラーではなく、銀行という制度だも続けて読んでいただけると、この読み方がより効いてくると思います。
皆様には人権がございませんをコマで読み返すなら
ここで書いた読み方を頭に入れて読み返すと、同じ場面でも見えてくるものが変わります。DMMブックスなら試し読みから電子で読めます。
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