『いっぱい食べるワタシが好きでしょ?~あなたの男いただきます~【マンガ版】』は、原案を赤川遊子、漫画を藤宮ミヤが手がける恋愛ドラマです。縦読みマンガアプリpeepの恋愛ランキングで1位を走り続けている作品で、レビューは718件で4.0点、連載は48話まで進んでいます。もとになっているのは同じくpeepで公開されている全20話のチャットノベル版です。
企画部の最年少チームリーダーとして順風満帆な日々を送る栗原真澄。同期であり同棲中の恋人でもある高梨修平とは、来年に結婚する予定でした。そこへ中途入社してきたのが、愛嬌のある丸顔のちょいポチャ女子・桃田まどかです。「ワタシ、美味しいものはガマンできないんです~♡」と笑う彼女が狙いを定めたのは、真澄の彼氏である修平でした。
この作品は「ぽっちゃり悪女による略奪愛のドロドロ劇」として紹介されます。間違ってはいませんが、それでは本作がいちばん手間をかけている部分を素通りしてしまいます。本作が徹底しているのは、恋愛にまつわるすべてを食事の語彙で言い換えるという一点です。そして「いただきます」という言葉は、この作品では感謝ではなく、所有の宣言として使われています。
なお、恋愛作品が選ぶ言葉づかいそのものを読み解いた記事として、『ハニーレモンソーダ』考察|「石」と「塩対応」は同じ症状の裏表であるもあわせてどうぞ。
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「いただきます」は感謝ではなく、所有の宣言です
まどかが人間について語るとき、彼女は必ず食べ物の言葉を使います。歓迎会の席で唐揚げにマヨネーズをつけながら「ワタシ、食欲と性欲って似てると思うんですよぉ~」と言い、その直後、居酒屋のトイレの前で修平にキスをして「ワタシ、修平さんのこと食べたくなっちゃいました♡」と微笑む。彼女の視点で語られる第2話では、修平を初めて見かけた休憩室の時点ですでに「美味しそう……食べたくなってきちゃったぁ~♡」と唇を舐めています。
合コンで持ち帰った相手と一夜を過ごしたあとの独白は「はい、ごちそうさまでしたぁ♡」でした。出会いから性交まで、彼女の言葉は一度も食事の外へ出ません。
ここで効いているのは、食欲の語彙が持つ二つの性質です。ひとつ目は、相手の同意を必要としないこと。料理に向かって「食べていいですか」と尋ねる人はいません。人間を食べ物として語るとは、相手を意思のないものとして扱うと宣言することです。
ふたつ目は、食欲が誰にも責められない欲望であることです。腹が減ったことを咎める倫理は存在しません。だから「ガマンできない」と言えば、加害がただの生理現象に見えます。この相反する二つが同じ一語に同居しているところが、本作の言語設計です。まどかは相手をモノとして扱いながら、同時に自分を責めさせない語り方をしている。「いただきます」は、そのふたつを一息で済ませてしまう便利な言葉なのです。
章タイトルは、20話かけて一食ぶんのコースを進みます
この設計がもっともはっきり出ているのは、チャットノベル版の各話タイトルです。
- 第2話 キスと唐揚げ
- 第4話 もちもちプリンと誘惑
- 第5話 デザートはワタシ
- 第6話 情事のあとはカップラーメン
- 第8話 破局と生クリーム
- 第9話 噛み終わったガムはゴミ箱へ
前半は「出来事+食べ物」の並列です。キスと唐揚げ、合コンとお弁当。ふたつが横に並んでいるだけで、まだ人間と食べ物の境界はあります。
その境界が消えるのが第5話「デザートはワタシ」です。ここで人間そのものがメニューに入ります。そして第9話「噛み終わったガムはゴミ箱へ」で、話は食べ終わったあとの処理に移る。前菜から始まってデザートに至り、食後のガムを吐き捨てるところまで、章タイトルは律儀に一食ぶんのコースを進んでいるわけです。恋愛の進行が、そのまま食事の進行として設計されています。
とくに第6話「情事のあとはカップラーメン」の落差は見事です。カップラーメンは、最も安く、最も即席で、器ごと捨てられる食べ物です。行為のあとに置かれる食べ物としてこれを選んだ時点で、その関係の値段が言い当てられています。
そして最終話のタイトルは「悪女の自爆、そして……」です。食べる側として一貫してきた人物が、最後に自分で爆ぜる。コースの終わり方まで、この作品は食の比喩で決着をつけようとしています。
この物語の力関係は、誰が誰の作ったものを食べるかで書かれています
食の語彙を使っているのは、まどかだけではありません。本作の人間関係は、ほぼすべて「誰が誰の作ったものを食べるか」で表現されます。
第3話、真澄は流しの中にピンク色の丸いお弁当箱を見つけます。まどかが修平に渡した唐揚げ弁当の容器で、中身はきれいに空になっている。同じ日、真澄が作った煮物は残されています。「私が作った煮物は残したくせに……」という彼女の独白は、そのまま関係の診断書です。しかも真澄は、恋敵が使った弁当箱を自分の家の流しで洗わされている。
修平は「自分の好きなお肉のおかずしか食べない」男として書かれ、悪びれもせず「おまえも、ああいうガッツリ系のおかず作ってくれよ」と言い放ちます。真澄が作っているのは健康を考えた食事、つまり相手を長く生かすための料理です。まどかが出しているのはその場で気持ちよくさせる料理です。修平は迷わず後者を取る。
提案書を代わりに仕上げてもらい、脱いだ靴下を床に散らかし、皿を下げるのも洗うのも相手にやらせる。修平にとって真澄は、食事も仕事も供給してくれる存在でした。台所の描写だけで、この三人の力関係は言い尽くされています。
まどかは加害を引き受けることで、修平から意思を取り上げます
トイレの前で修平に体を寄せたとき、まどかはこう言っています。「大丈夫ですぅ~、修平さんは悪くないから」「ワタシが勝手に、修平さんを食べたくなっちゃったんです♡」。
一見すると、責任を全部こちらで引き受けますという宣言に見えます。しかし実際にここで起きているのは、修平から「自分で選んだ」という事実を取り上げる手続きです。食材は選びません。彼女の言葉は、修平を加害者の座から引きずり下ろして、皿の上に載せ替えている。
翌日以降の運びも同じです。まどかは目を潤ませて「お弁当のこと、すみませんでした」と謝り、真澄に怒られたと伝え、商談が成功したら食事に行く約束を取りつけます。そして修平が去った直後、地の文はこう続きます。ワタシは泣き真似をやめて、とびきりの笑顔でうなずいた。
この作品の語りは、彼女の視点に入るたびに全部の種明かしをします。読者は騙されない位置に置かれ、修平だけが騙され続ける。だからこれはサスペンスではなく見世物になります。読者コメントで最も意見が一致しているのが「1番残念なのはこの誘惑に負ける男」という評価なのは、この構造が正確に伝わっている証拠です。
「ガマンできない」まどかの自由は、男の好みに縛られています
ただし、まどかを「欲望に忠実な自由な女」と読むと、この作品はうまく開きません。彼女の台詞には、繰り返される決まり文句があります。
第1話の冒頭独白は「ワタシは知ってる。結局男って、完璧な女よりスキがあってユルくってぽっちゃりしてるくらいの女が好きだって」。社食では「結局男が夢中になるのは、ちょいポチャ女子ですよ♡」。合コンの席では「結局男って、よく食べる女が好きなのよね♡」。三度とも「結局男って」から始まっています。
つまり彼女は、自分の欲望に忠実なのではありません。男が何を好むかという推定に忠実なのです。よく食べてみせるのも、胸元を開けておくのも、スカート丈を短くするのも、すべて採点者を想定した所作です。食べる側に立っているつもりの人物が、実は献立を他人に決められている。
そう考えると、タイトルの形も意味を持ちます。『いっぱい食べるワタシが好きでしょ?』は疑問形であり、しかも「でしょ?」は相手に同意を求める、というより同意を強要する語尾です。この作品の題名は、自己主張ではなく確認要求でできています。第20話が「悪女の自爆」と名づけられているのは、この構造の帰結として読めます。他人の好みに合わせて組み立てた自分は、その他人が離れた瞬間に足場を失うからです。
読者の反応が真っ二つに割れるのは、食の言葉が二重だからです
この作品の読者コメント欄は、他の恋愛漫画ではあまり見ない形をしています。「キッショ」という短い嫌悪が何度も連投される一方で、「いけいけ桃田ー!🍑」「桃田の悪女モードは凶悪すぎる…」といった応援や称賛が同じ場所に並んでいる。「毎回キッショってコメントあるのしんどい笑」と、反応そのものへの反応まで現れています。
これは読者の好みが割れているというより、作品の言語設計が二方向に効いた結果です。冒頭で見たとおり、食の語彙には「相手をモノとして扱う」面と「誰にも責められない自然な欲求として振る舞う」面が同居していました。前者を強く受け取れば、生理的な嫌悪になります。後者を受け取れば、欲望を隠さない一貫性への爽快感になります。同じ場面を見て逆の感想が出るのは、そもそも一語が二つの顔を持っているからです。
そのうえで、コメントの多くが最終的に矛先を修平に向けているのは示唆的です。読者は嫌悪しながらも、加害の設計図を正しく読んでいる。この作品を「イライラするけど読んでしまう」と言わせているのは、感情ではなく構造の側です。
まずは歓迎会の唐揚げの場面まで読んで、彼女が人間を何と呼んでいるかを確かめてみてください。
まとめ
『いっぱい食べるワタシが好きでしょ?~あなたの男いただきます~』の骨格は、副題の「いただきます」がすでに言い切っています。あれは感謝の言葉ではなく、相手を皿の上に載せる所有の宣言です。
だから章タイトルは一食ぶんのコースとして並び、煮物と唐揚げ弁当が力関係を代弁し、「修平さんは悪くないから」という台詞が彼から意思を取り上げ、読者の反応は嫌悪と喝采に割れます。すべてが同じ一点から出ています。
そして、食べる側に立っているはずのまどか自身が「結局男って」という他人の物差しで献立を決めていることも、同じ設計の一部です。この作品を読むときは、誰が誰を好きかではなく、誰が誰を食べ物として語っているかのほうを見てください。そこだけ追えば、この物語は最後まで一本の線でつながっています。
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